第32回葛飾の美術家展


 葛飾の美術家展がシンフォニーヒルズ本館2階で26日まで開催されている。絵画等に出会うこともあまりないので、この美術家展は楽しみの一つだ。


 柴又在住の土井豊さんは、作品にいつも馬を描き、東新小岩の熱田隆一さんはバラを描く。今日は熱田さんが会場にいらして、ご自身の作品の説明を聞かせていただいた。いつもは油絵だが、今回は水彩画とのこと。その理由は、亡くなったパートナーが水彩画が好きで、その絵具がたくさんあるので、やはり使わなくてはということだった。胸が熱くなるばかりだ。美術家展は26日17時まで。

バス減便


 25日から京成バスのダイア改正が行われる。運転手の長時間労働、低賃金を改善しようという2024問題の一つの現れだ。ドル箱と言われる金町~小岩間のバスも減便になるくらい2024年問題は深刻になっていると言える。今後も影響があるだろうし、葛飾区は学校プールを廃止して、学校外プールへバスで移動する水泳授業に徐々に移行しているが、これもまたバス確保が困難になっていく可能性が大だ。住民の足を確保にとどまらず、高齢者の社会参加を促すことが介護予防にもつながるという点でバス路線の充実が重要なのに、逆にどんどん減便になっていく。運転手確保のための手立てを国も自治体も考えていかなくてはならない。一番は賃上げで、これをバス事業者にまかせていてはだめで、行政が踏み出していくことが重要だ。葛飾区もバス運転の免許取得の費用を助成するようになったが、必要なのは賃上げなのだ。

災害ボランティア



 20日、21日の2日間、区議団4人で能登半島地震ボランティアに行ってきた。現地では共産党労働組合、医療関係や女性団体で立ち上げた被災者支援センターが開設されており、そのセンターの支持でのボランティア活動だったが、初日の午前、午後は穴水地域、2日目の午前は八尾地域の仮設住宅に1軒1軒「お困りごとはありませんか」と水と米を中心とした生活支援物資を届けながら、要望を聞き取る活動だった。留守もあるが全部190戸ほどの訪問となった。住んでいた住宅が半壊、全壊しているもとで、「いつ公費による解体をするのか連絡がないので心配」、さらに「経済的にも新たに建て替えることができない、仮設住宅を出る2年後にはどうなるのか、公営住宅を何とかしてほしい」という今の不安と将来の不安と言う2重の不安を抱えている被災者が多くいた。穴水では「仮設住宅が単身は4畳半と狭く荷物が入らない、ロッカーなどができないのか」という要望もだされたが、八尾市の仮設住宅には1世帯に1台のロッカーが設置されていることがわかった。八尾市のあとに穴水の仮設住宅ができているのに、行政もわかっていて対応していないことは問題だ。全国からのボランティア活動でつかんだ意見や要望は支援センターを通じて、共産党国会議員団なども要望書の提出や国会論戦に生かしている。仮設住宅であっても多くの方が仕事をしており、留守も多く夕方以降のボランティアによる聞き取りなども必要だと感じた。


 七尾市出身の方がボランティアに来ていて、その方が私たち区議団と共に行動していただいたので、本当に助かった。活動の合間をぬって、その方の案内で全焼した輪島朝市、ほとんどのホテル、旅館が休業している和倉温泉街など深刻な被災地の視察もできた。まちの復興などはまだまだこれから、まずは暮らしと生業をどう立て直すのか、政治のあり方が問われていることを改めて感じた活動だった。

柴又フロリズ通りフェスティバル


 柴又小学校近くの柴又フロリズ通りで第5回フェスティバルが開催された。毎回、地域の小中学校の吹奏から始まり、出展テントにも行列ができるイベントになっていて地域の賑わいをつくっている。今回は他の会議と重なってゆっくり見てⅯ悪ことができなかったのが残念だった。
 本日夜から能登半島地震のボランティアに出発し、20日、21日と活動するのだが、5カ月半が経ってもまだまだ行政を中心とした支援が必要な状況が続いている。2日間活動し、その中でも災害対策として何が必要かの見聞ができたらと思っている。

前進座歌舞伎公演

 めったに観ることのない歌舞伎を本日は楽しんできた。とはいえイヤホンガイドがなければ多分何を言っているかわからなかったと思うが、このガイドによって楽しめた歌舞伎だった。初めて足を運んだ池袋の「東京建物BrilliaHALL」は旧豊島公会堂だが、そもそも豊島公会堂に行く機会もなかったので、ビフォーアフターが良くわからない。少なくとも東京建物の名称は各地の再開発でよく耳にする名前だ。ここもそうなのか?

13日~15日まで文教委員会視察

 13日~15日まで佐世保市北九州市飯塚市に文教委員会で視察。佐世保市飯塚市は英語教育について、北九州市ではスタジアム。

 佐世保市では米軍基地、自衛隊基地の関係者だけでも1万人を超えることから基地との共存が重要な政策になっており、英語で交わる地域づくりに取り組んでいるとのことだったが、基地があるがゆえに経済が回っているという考え方と基地があるがゆえに常に市民生活が脅かされているという考え方がぶつかる中での議会活動は大変なことだと思う。市議会の構成をみると共産党議員は1人だった。大変だ。
北九州市では2017年に 
 1万5千人規模のスタジアムを完成させたが、01年から地元サッカーチームが陸上競技場を使いながら活躍しており、08年にJFLに昇格、10年にJ2に昇格している。当時のチーム認知度は88%で市民も、行政も、企業もみんなで応援しようとホームグランドの整備を求める声が高まり、市も基本構想に位置付け17年に完成している。葛飾では、この過程がまったくなくスタジアム先にありきで議会も区民も無視して私学事業団と協定を結び、325億円で東新小岩の運動場敷地を取得したが、地域の説明会では「スタジアムがいいか、スタジアム以外がいいか検討する」と「協定」がないかのようなウソの説明をするなど住民不在が続いている。北九州市のスタジアム周辺は住宅はなく、東新小岩のように住宅街に同規模のスタジアム建設となれば、スタンド席は6階建て相当となり、20m前後の異様な高さでマンションを圧迫することになるだろう。小倉城は昼休みの30分そこらで見れるものではなかった。こんどゆっくり来たいものだ。

 飯塚市役所の入り口正面には、能登半島地震、台湾東部沖地震ウクライナ支援の3つの募金が呼びかけられていた。